広島高等裁判所 平成元年(う)104号 判決
刑法125条1項の「往来の危険を発生させる」とは,電汽車の衝突,転覆,脱線などの実害が発生するおそれのある状態を惹起させることをいい,単に交通の妨害を生ぜしめただけでは足りないが,右の実害発生が必然的ないし蓋然的であることまで必要とするものではなく,その一般的可能性があれば足りると解せられ,さらに,その実害発生の一般的可能性については,必ずしも物理的な実害発生の可能性の有無を問わず,通常人をして,実害が発生する可能性があると認識させ,かつ,そのように認識させるにつき相当な理由がある状態をいうと解するのが相当である。
そこで,本件掘削についてみるに,前記A作成の鑑定書並びにBの原審及び当審公判廷における証言によると,本件掘削によって,線路の軌道敷自体が緩むことはなかったものの,上止69号電柱付近の路盤の掘削断面は著しく損なわれており,国鉄の盛土の法面についての安全性の基準である法面勾配1対1.5の割合を大幅に超えていること,前記のとおり,Bは,右の基準を超えて掘削されるのを目撃し,警告を発し,列車の徐行や電柱防護のための措置を取るなどし,本件掘削により上止69号電柱付近が極めて危険な状態になったと感じており,また,電力関係の現場責任者であったCは,午後4時半ころ,最も心配していた上止69号電柱直近の掘削が始まり,土砂が崩壊し,境界杭が落下するなどしたので,このまま列車を運行させると電柱倒壊等により乗客に危険が生ずると判断して,送電停止の措置を取り,列車の運行を止めているものであり,上止69号電柱付近は,本件掘削によって,右電柱基礎付近ですべりが発生し,右電柱が倒壊するなどして,電車の脱線など安全な走行ができない状態に至るなど極めて危険な状態にあると国鉄関係者は一致して認識していたものである。そして,現場の状況からして,そのような国鉄関係者の危険の認識は相当な理由があり,合理的なものであるということができる。したがって,刑法125条1項における「電車の往来の危険」が発生したと認めることができる。
(中略)
所論は,本件掘削によって,電柱倒壊による架線切断等の可能性があったとしても,列車の衝突,転覆及び脱線等の危険性は発生していないから,往来危険罪にいう危険は発生していないと主張する。
しかし,往来危険罪にいう危険は,列車の衝突,転覆及び脱線等の危険に限定されるものではなく,通常の観念において,汽車または電車の安全な往来ができない可能性があると認められる一切の場合を指すと解されるところ,電柱倒壊によって,電車の安全な往来ができないことは明らかである上,さらに,列車が,危険な状態にある電柱付近を走行中に電柱が倒壊したりすると,架線切断等にとどまらず,列車の脱線,場合によっては転覆の危険性まであるということもできる。したがって,右の所論の主張は採用できない。
次に,所論は,本件現場では,国鉄関係者やその指名下請業者である乙山組の従業員等50名を超える多数の者の監視の下で掘削が実行されており,危険であるならば,適切な措置,場合によっては,実力で阻止することもできたものである上,実際にも,国鉄は,送電を停止し,列車の運行を止めているから,具体的危険は発生していないと主張する。
確かに,所論のいうとおり,本件現場では,国鉄関係者や乙山組の従業員等50名を超える多数の者の監視の下で掘削が実行されているものであるが,被告人は,本件土地に立ち入ることを強硬に拒んでいたものであり,パワーショベルで掘削しているのを,実力で阻止することも困難であるから,国鉄側の適切な措置としては,乗客の安全を配慮する以上,送電を停止し,列車を止めることしかできなかったものであり,電柱倒壊等の危険が切迫した瞬間に列車を止めるという適切な対応ができるとも限らないから,国鉄関係者等多数の監視の下での掘削であっても,具体的危険が発生していないとはいえない。そして,実際に,国鉄では,送電を停止し,列車の運行を止めているが,前記のとおり,国鉄関係者は,上止69号電柱直近の掘削が始まり,土砂が崩壊し,境界杭が落下するなどしたので,このまま列車を通すと電柱倒壊等により乗客に危険が生ずると判断して,送電停止の措置を取り,列車の運行を止めているものであり,列車の運行が止まる前の段階で,具体的危険が発生したといえる。右の所論の主張はいずれも採用することはできない。
さらに,所論は,上止69号電柱付近では,掘削溝と電柱との間に,国鉄の指示を受けて,乙山組がH鋼を打ち込んでおり,それによって,かえって土砂をそぎ落としており,地盤の断面が著しく損なわれていることは,国鉄の指示によるH鋼打ち込みによる影響が大きいものであると主張する。
しかしながら,前記認定のとおり,Bは,午後1時30分ころ,上止69号電柱付近の防護のためにH鋼を打つように指示し,乙山組により,掘削が電柱の付近に来る前にH鋼の打ち込みを実施させているものであり,約1メートルから1.5メートル程度の深さにしか打ち込めず,役に立たず,かえって,地盤の断面を損なう方向に影響していることは否定できないが,見込みが違い,H鋼の打ち込みが防護とならなかったとはいえ,H鋼の打ち込みは,掘削に備えての防護のためであり,H鋼を打ち込み,横矢板でつなぐことによって,法面の防護となることが認められるから,それ自体,法面防護のために不合理な手段であるとはいえないものである。
したがって,H鋼の打ち込みが,結果的に法面の防護のために悪影響を与えたとしても,法面の現状につき,被告人の掘削によって生じたものであると評価することの妨げとはならない。右の所論の主張は採用できない。
以上のとおり,本件掘削によって,刑法125条1項の往来危険罪における危険が発生したと認めることができる。